OSAKA-TOM’s diary

古墳散策

星塚古墳周辺

星塚古墳周辺

2019.7.17(水)⑥御墓山古墳→⑦星塚古墳

天理市内の古墳23ヵ所散策の詳細版「赤土山古墳」からの続き・・・・・。

御墓山古墳

天理市上総町。5世紀末~6世紀前半の前方後円墳

YAHOO!地図を編集・加工しています。      前方部南西望

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 全長約74m。1993年の発掘調査で、古墳の東側に周濠が発見され、濠の内部から円筒埴輪や盾形木製品などが多数出土したとのこと。後円部の南側には遊具が設置されている。

前方部南東望           東面北望            後円部北望

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*PCなら画像をクリックすると拡大されます(スマホならピンチ拡大して下さい)。

星塚古墳

(星塚2号墳天理市二階堂上ノ庄町。6世紀前半の前方後円墳

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                             *YAHOO!地図を編集・加工しています。

 公園内にあるのは2号墳。前方部は既に消滅、残存墳丘規模は約30m(現在は墓地)。1952年の発掘で、全長7m、玄室長4.7m・幅2.3mの横穴式石室が見つかり、凝灰岩製の組合式石棺の一部も出土した。金製の耳飾り、ガラス製勾玉、丸玉、小玉、メノウ製管玉、水晶製三輪玉や、鉄刀の柄頭が出土したとのこと。柄頭には金銀線の象嵌亀甲文様があり、日本でも類例は少ない。墳丘周囲には馬蹄形の二重周濠も認められた。後円部を取り巻く部分は、現在雨水調整用地に利用されている。

また、先に1号墳があり、2号墳はそれを一部壊して造営されたことが1985年に判明。1号墳は、前方部を西に向ける全長38mの前方後円墳。後円部径27-28m。5~8mの周濠があった。周濠からは埴輪、須恵器、土師器等が見つかっている。中でも筒形器台は朝鮮半島南部に見られ、日本には類例が少ない。また笛状木製品等の木製品も出土したとのこと。

星塚公園         残存後円部       後円部内墓地       前方部跡

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東側北望                      解説

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ここから、天理高校南側の塚穴山古墳、西山古墳へ向かう。

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