OSAKA-TOM’s diary

古墳散策

赤土山古墳周辺

赤土山古墳周辺

2019.7.17(水)①櫟本墓山古墳→②東大寺山古墳→③赤土山古墳→④ウワナリ塚古墳→⑤別所大塚古墳 

天理市内の古墳23ヵ所散策の詳細版

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                             *YAHOO!地図を編集・加工しています。

櫟本いちのもと墓山古墳

天理市櫟本町。上図①。5世紀末~6世紀前半の前方後円墳

東大寺山から西に延びる丘陵の先端に北西向きに築かれ、全長64m、後円部径40m・高さ7m、前方部幅18mとのこと。江戸時代からの墓地で、現在も古墳と知らなければ単なる墓地である。北側のスーパー方面からアクセスした方が道は広い。

墓地駐車場        北面遠景         北東面近景        南面

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*PCなら画像をクリックすると拡大されます(スマホならピンチ拡大して下さい)。

東大寺山古墳

天理教城法しきのり大教会敷地の奥。巻頭図②。事務所で許可を得てください。

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天理市和邇わにから櫟本にかけて和邇(和珥わにとも)氏の支配下で、一族の古墳が丘陵上に築造された。和邇氏は5~6世紀、奈良盆地北部(現天理市和爾町・櫟本町付近)を支配した中央豪族。2世紀頃日本海側から畿内に進出した太陽信仰を持つ鍛冶集団とする説がある。一族の本業は、朱の生産であったとされ、この朱を採掘しつくしたことが一族の移住につながったとの説もある。丘陵には県下最大規模の弥生後期の高地性遺跡もあるとのこと。東西約400m、南北300mの範囲内に竪穴式住居があって、二重の空堀が巡り、空堀の構造は大阪府和泉市観音寺山遺跡と類似しているらしい。本古墳はこの高地性遺跡と重複するようにあり、その遺跡の消滅後、150~200年ほど経ってから後に築造されたようだ。推定140mの前方後円墳で、墳丘に円筒埴輪を巡らせていた。後円部埋葬施設主体部は、墳丘主軸に平行する木棺を覆った粘土槨で、長さ推定9.4m(主要部分は盗掘)。粘土槨の東西に墓壙が掘られ、武器や武具が多数副葬されていた。東側墓壙(粘土槨)から「中平」年号の刀が出土。 鉄刀20本、鉄剣9本等の武器類、玉類、腕輪形石製品、滑石製壺等が出土。鉄剣の列に沿って7点の巴形銅器(革製の盾や靫に装着する飾り)も出土。「中平」銘鉄刀を含む5本の装飾環頭付きの鉄刀(柄頭に「輪っか」が付いた大刀)の環頭(輪っか)部分には、様々な細工(家形・鳥形)がされている。出土品大半は国宝になっているらしい。

東大寺古墳群移築石室

シャープ正門右手に移築されている。巻頭図②’。不審者と思われないよう、守衛さんには一言、言っておいた方が良い。

正門前の移築位置  移築先の案内    石室

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赤土山古墳

天理市櫟本町。巻頭図③。4世紀後半=古墳時代前期後半の前方後円墳。 

全長106m。前方部が西方向に向く。後円部東先端に突出部(造出)があり、双方中円形ともいえる形になる。墳丘は2段築成で、葺石円筒埴輪列(朝顔形埴輪含む)のほか、形象埴輪(蓋形・短甲形・盾形埴輪など)が出土しているらしい。周濠はないが、前方部の先端が掘割で区画されている。また後円部突出部の南側には、家形埴輪や囲形埴輪による祭祀遺構が認められた。埋葬施設は 粘土槨らしいが、損壊しており粘土槨の残片や朱と、石製腕飾類・石製模造品の副葬品が見つかったとのこと

かなり整備されており、墳丘にも登れ、墳裾各所に解説がある。時代の最先端を行く電気メーカーに隣接し、今はいかにも過去の名残の様に見えるが、築造当時は最先端の人工構造物だったはずで、感慨深い。

古墳入口         掘割遺構解説      墳丘北側東望(奥が後円部)  後円部南東望

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復元祭祀遺構                            後円部南側

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ウワナリ塚古墳

天理市石上町。巻頭図④。古墳時代後期=6世紀の前方後円墳

全長約128m。西側の石上大塚古墳と並ぶように築かれている。後円部には花崗岩の巨石で築いた長さ約10mの横穴式石室が残り、南向きに開口。

ブドウ畑脇を南に200m程登り、右折し林の中に入って真っすぐ行き、少し登った処に、意味のないフェンスが残っている。

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フェンス横を抜け、少し先の右手に開口部がある。フェンスの隙間から自撮棒を突っ込んで撮影。(詳細は各自でネット検索下さい)

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なお、古墳西側=石上大塚古墳天理市石上町の配水池南東。6世紀中頃~後半の前方後円墳全長約107m、後円部径67m、前方部幅82m。後円部も前方部も高さ約14m。前方部にあった横穴式石室の一段目の側石だけが残る。との間に、正式なアクセス道があるようです。

別所大塚古墳

天理市別所町。下図⑤。6世紀前半=古墳時代後期の前方後円墳

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                              *YAHOO!地図を編集・加工しています。

全長約125m。2段築成。後円部径85m・高さ15m、前方部幅90m・高15m。前方部は北東向き。北側半分のみに周濠がある。石室は破壊されているが、石室内部に石棺が存在していたという伝承があり、内部から金銅製の鈴や鏃、鎧、大刀、土器、人骨などが出土したと言われる。

別所大塚古墳方面                                前方部遠景

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前方部?南東角                  北西望          南東望

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後円部方面      後円部先端    同左見返り     北側周濠跡     北東望

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ここから、国道169号と桜井線を越えて西側の御墓山古墳と星塚古墳へ向かう。

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