兵庫県宝塚市中山寺2丁目11。阪急宝塚本線の「中山観音」駅北東側すぐにある「中山寺」の境内。2025年11月12日(火)訪問。
緑〇が中山寺古墳 中山寺 山門 北東望


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*「〇望」=撮影方向は厳密な方角でなく「〇方面」程度の感覚で理解下さい。また勘違いの可能性も・・。
寿老人堂と大黒堂との間にある。
境内案内 古墳方面西望


「白鳥塚はくちょうづか古墳」、「石の櫃からと」とも呼ばれる。墳丘は大きく改変を受けており、石室実測調査のみなので墳形は不詳だが、径25m以上の円墳(か方墳)との説もあり、6世紀末~7世紀初頭頃と推定される。
寿老人堂と大黒堂との間に両袖式の横穴式石室が南南東に開口する。
寿老人堂西望 矢印が古墳方面 大黒堂西望



大黒堂 北西望 北望


左の案内には現存羨道長8.5m・幅1.2m・高2m、玄室長5.5m・幅2.4m・高3mとある。一説に全長16.2m(羨道長10.6m)とあり、かなり大型である(寺伝による右の案内には奥行3.6m・幅2.5m・高3.2mとある。)。石材は花崗岩の巨石。





上の阿弥陀堂手前辺りから墳頂=石室上部が垣間見れる。
奥が阿弥陀堂 南望 南東望



羨道 (奥から見て)右側壁 玄室方面全景 羨道左側壁



玄室内には竜山石製(兵庫県高砂市産の凝灰岩)の刳抜式家形石棺が遺存。副葬品は不詳。
玄室方面 玄門部


玄室右側壁 左側壁


石棺長1.9m・幅1.2m・棺身高約0.7m、蓋石高約0.5m。蓋石には前後1対・左右2対の縄掛突起計6個が付く。天井石2枚も巨大である。


本古墳の石室は、長尾山丘陵で最大規模、奈良の大型石室にも匹敵する。石室構造も長尾山丘陵の石室よりは大和系の石室に共通性が認められるらしい。特異な八角墳ともされる中山荘園なかやまそうえん古墳(中山寺から直線距離で西へ約500m)と合わせ西摂平野に勢力を持った豪族の存在を示唆する。被葬者もその関係者と推定されるが、中山寺の寺伝では第14代仲哀天皇の皇后であった大中姫とある。
なお、北上側の本堂西横に刳抜式石棺が「安産手水鉢」として置かれている。
北西望 西望





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中山寺
真言宗中山寺派の大本山。本尊は十一面観音、左右の脇侍も十一面観音なので本尊と脇侍をあわせて三十三面となる。当寺は西国三十三所の第24番札所で、この三十三面の像は他の西国三十三所の観音をも総摂するとともに、観音菩薩の三十三の変化身を表象するとされ、当像を拝することで真の三十三所巡拝と同じ功徳が得られるという。普段は秘仏とされているが、毎月18日に開扉される。なお、当寺は安産祈願の寺として関西圏ではかなり有名で、「中山さん」と親しみを込めて呼ばれている。
とにかく広く、堂宇も立派。エスカレーターが設置されたお寺は初体験かも?
9時頃到着したがこの寺の僧や寺務職員の方々が、参拝者を迎える準備に勤しんでおられた。
参道北望 本堂へのエスカレーター 本堂と五重塔


