2021年5月11日(火)三重県名張市。春日宮山古墳→桃山古墳→鹿高神社境内古墳→(番取山古墳)
春日宮山古墳
名張市赤目町一ノ井。全長34mの双円墳とされてきたが、北側尾根先端部を前方部とする前方後円墳らしい。横穴式石室は南西側に二基開口し、6世紀前半の築造。
台ケ芝1号墳から西の橋を越え、橋から567号線を北へ660mで、田んぼの中の農道から、南西の春日神社駐車場へ。ここから溜池の西側に出て、農道の獣除けフェンスの切れ目から、南の林道に入る。林道(獣道)入口に宮山古墳への道標がある。そのまま道なりに登れば、宮山古墳の標識がある。小さな色あせた黄色矢印の道標に沿って行くと辿り着く(何か頼りない道標なので、いつまで残っているか?なお、往路は白いパウチ板、復路は透明のパウチ板のようだ)。
台ケ芝1号墳から 溜池西側の農道 宮山古墳への標識と道標




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宮山古墳への道標 往路と復路の分岐




先に見つかるのが通称東石室。両袖式で、全長6m、羨道長1.1m・幅1.4m、玄室長4.9m・幅2.6m・高さ2.5m。羨道長・全長はもっと長かったのだろう。西石室よりも、石材も大きく、こちらが主たる埋葬施設のようだ。










天井部奥側 楣(まぐさ)石 楣石上部 開口部




西石室の開口部は幅70cm・高さ40cm程。両袖式で、全長8.3m、羨道長3.9m・幅1.2m、玄室長4.4m・幅1.9m・高さ2.4m。




前方後円墳では周辺で最古の琴平山古墳、次に鹿高神社古墳、そしてこの宮山古墳と続く。前2基は埴輪を伴うが、当古墳にはない。遺物は確認されていないが、名張周辺の首長の系譜を引く古墳と思われる。
桃山古墳
名張市赤目町丈六。6世紀末の丘陵頂部に立地する単独墳。位置的には宮山古墳とは、ため池をはさみ西隣尾根上になる。しかし、進入路は全く違い、北側の集落から南下する。




登り口は整備されて間もないのか、笹は綺麗に刈られている。林道途中にも道標がある。5分程で、人工的に平坦に整地された所に着き、右手に石室上部が見える。





墳丘は全くなく、石室も天井部を失っているがデカい。両袖式の横穴式石室。全長11.5m、羨道長6.3m・幅1.6m・高さ1.5m、玄室長4.8m・幅2.7m・高さ2.6m。名張では赤井塚に次ぐ大型の石室で、宮山古墳に匹敵する首長墓と思われる。出土遺物は伝わっていない。丘陵部は、もともと里山として利用され、桃山の名も桃を植樹していたことから付いた名前とのこと。
羨道 羨道上部 楣石




先に見た宮山古墳石室に比べ、石材は圧倒的に大きい印象。奥壁石材下端は2.4m、赤枠の側壁は横165cm・縦120cm程。
玄室 奥壁下部 側壁




右の袖石は幅65cm・高さ120cm・奥行90cm程。羨門上部の楣石は横幅160cm・縦120cm程ある。
玄門 左袖 右袖 楣石




羨道前に、大きく深い穴があるが、自然崩落したものでなく、人工的に作った井戸の様な感じがするが、目的は分からない。
玄室俯瞰 羨道前の穴




思うに元は前方後円墳で、何らかの施設を作ろうと削平した時、石室天井部の石材も抜いてしまったのだろう。しかし、結果石室下部は保存された。その規模からして当然、首長墓なのだろう。
登り口から5分程だし、初級者にはお勧めである。
鹿高神社境内古墳
名張市安部田大殿。鹿高神社本殿すぐ裏にある。鹿高神社1号墳とも。




前方部が東を向く全長約42mの前方後円墳で、段築や葺石などは見られなかったらしい。前方部幅約27m・高さ5m、後円部径23m、後円部がやや高い。後円部と前方部に各1ケ所ずつ横穴式石室がある。
後円部石室の開口部は高さ40cm程。全長9.8m、玄室長4.7m・幅2m・高さ1.3mの両袖式、一辺2m前後の大きな石材も使われている。棺は組合式石棺だった模様とのこと。
*スマホのバッテリー残量が10%程度のため、フラッシュが使えなかった。直前に郷土資料館と市民センターで充電を依頼したが、あっさり断られた。




前方部石室の開口部は高さ20~25cm。全長7.65m、玄室長4.5m・幅1.6mの両袖式で、一辺50cm前後の小さ目の石材が使われている。後円部石室が主たる埋葬施設なのだろう。箱形石棺だった模様とのこと。




後円部石室からは須恵器の台付長頸壺、広口壺が出土、墳丘では埴輪円筒の破片が確認され、名張盆地を治めた首長層を葬ったと考えられるらしい。円筒埴輪片から築造時期は6世紀中頃とのこと。
(番取山古墳)
名張市安部田。鹿高神社から165号線を南へ700m、北側の細い道を上がってすぐ、民家西側に登り道があり、民家裏の崖の上。径11.6mの円墳で、横穴式石室の玄室部分に祠がある。復元すると全長6.5m、玄室長2.3m・幅2.1m程とのことらしい。165号線下側から眺めただけで、パスした。
名張市周辺の古墳散策は、一旦これにて終了。