OSAKA-TOM’s diary

古墳散策

狛大石古墳

狛大石古墳

2021.11.26(金)狛大石こまおおいし古墳

165号線「出雲」交差点から右の脇道(一方通行)に入り、すぐを右折し南に上っていく。近鉄大阪線、老人ホームを越え、岩坂(下)への分岐を左=狛方面に更に250m程上ったところ(30m手前に消防倉庫がある)。道路左側の民家の石垣の下に開口する。奥壁の一部のみが残っている。

f:id:OSAKA-TOM:20211204075645j:plain

f:id:OSAKA-TOM:20211203073249j:plain
f:id:OSAKA-TOM:20211204075734j:plain
f:id:OSAKA-TOM:20211204075748j:plain
f:id:OSAKA-TOM:20211204075811j:plain
f:id:OSAKA-TOM:20211204075822j:plain
f:id:OSAKA-TOM:20211204075906j:plain

     *PCなら画像をクリックすると拡大されます(スマホならピンチ拡大して下さい)。

これを古墳と呼んでいいのか少し疑問も残るが、石室には違いない。この道路、もしくは元の道を作った時に、墳丘が削られ、石室が発見されたのだろう。石室上に立つ民家がいつ建ったのか分からないし、どういう経緯でこんな形の保存になったのかも分からないが、お住いの方も保存に協力されているのだろう。

 

桜井市観光協会公式ホームページの「狛・岩坂」の紹介部分をそのまま掲載します。

 ――狛と岩坂は国道165号線を初瀬に向かう途中、桜井市立東中学の裏の道を南に向かって入り、近鉄大阪線の高架を抜け少し行くと山裾一帯に広がる棚田が見えてきます。桜井市では吉隠よなばり、白河しらが出雲と並ぶ、棚田のビュースポットで「さくらい100選」にも選ばれています。子供のころ見た農村風景がそのまま残っているかのように感じる隠国こもりくの隠れ里です。狛・岩坂の里は、この二つの集落を縦断して北に流れる狛川の上流に位置し、主に西岸が岩坂、東岸が狛という位置関係です。更に登って上岩坂の集落の上に、十二神社が鎮座します。この神社は古くから泊瀬朝倉宮の営まれた場所との伝承を持ち、14世紀に成立した書物「帝王編年記」に朝倉宮は「大和国城上郡磐坂谷なり」と記されています。また境内前の銀名水という井戸は、奈良時代からの名水で知られ、江戸時代に書かれた「大和名所図絵」にも紹介されています。――

狛・岩坂(桜井市 狛・桜井市 岩坂) - 一般社団法人 桜井市観光協会公式ホームページ

 

なお、当古墳の手前(北側)には岩坂大芝古墳群(半壊石室有り)が、向こう側(南側)には岩坂式シ山古墳(入室可能石室有り)が位置します。

岩坂大芝古墳群 - OSAKA-TOM’s diary

岩坂式シ山古墳 - OSAKA-TOM’s diary