市脇相賀古墳群周辺
2021.11.1(月) 市脇相賀古墳群は橋本市市脇2丁目、相賀大神社北側。橋本駅から大和街道で市脇方面へ。和歌山県地理情報システム(埋蔵文化財包蔵地所在地図)では、東手前には市脇東膳那古墳群が表示されていたので、先ずはそこを確認。
*橋本駅北側にある「陵山古墳」からの続きなので⑩から番号付けしています。
⑩~⑫市脇東膳那1~3号墳
市脇1丁目9。⑩市脇東膳那3号=遺跡番号58-3。⑪市脇東膳那2号=遺跡番号58-2。⑫市脇東膳那1号=遺跡番号58-1。ここも古墳らしき形跡は全く無し。一応写真を載せますが参考にはなりません。写真だけ撮り次の市脇相賀古墳群のある相賀大神社へ向かう。
市脇東膳那古墳分岐 1~3号墳跡 相賀大神社方面
⑬⑭市脇相賀いちわきおうが古墳群1~9号墳
市脇2丁目7。相賀大神社北側に隣接する9基(現存7基)の円墳群。遺跡番号29-1~29-9。市史跡。神社拝殿の西側(下図の緑矢印)から北奥へ(黄矢印)。すぐ左手に「市脇古墳群」の石碑があり、その北側の少し高い所に1号墳がある。石碑の手前を通り西から回り込むこともできる(青矢印)。
神社拝殿 石碑と1号墳(赤〇) 西からの迂回路
石室が開口するのは1号、2号の2基のみ。本殿すぐ裏にある1号墳は羨道が消滅し、玄室も入口がほとんど埋まっている。自撮り棒を差し込んで何とか撮影できる程度。内部の保存状態は良さそうだ。玄室長2.8m・幅1.5m・高さ1.5mの両袖式で、緑泥片岩割石を小口積みしているとのこと。
1号墳 案内 開口部 横から見た開口部
開口部 玄室奥壁下部 奥壁 奥壁から見て右隅
ある先達のブログでは、西50mの山道沿い辺りに2号墳があるとのことだったが、笹・木々も深く、見つけられなかった。他のブログ記事では、玄室の奥側だけが残り、現存長3.8m・幅2.4m・高さ2.9mで、1号墳とは構造が異なり、奥壁は巨大な1枚石で背の高い大型の玄室とのこと。また、石材の隙間には粘土(漆喰?)が詰められていたらしい。参考になりませんが、40~50分あちこち探す努力をした写真を掲載します。
2号墳方面(上図赤矢印) 同左(ピンク矢印) 白矢印の道の上は平坦地のみ
ここから、九度山町の真田古墳へ、約6.5km歩いて向かいました。